自分が生んだAIに自分の仕事を奪われる......子どもと科学を考えるシンポジウム、池上彰氏も登場
2018年09月26日
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科学技術振興機構(JST)と日本科学オリンピック委員会は9月17日、東京都・文京区の東京大学 伊藤謝恩ホールで「『国際科学オリンピック日本開催』シンポジウム」を開いた。これから2023年までの間、世界の中高生が科学の力を競う国際科学オリンピックが日本で相次いで開かれる。こうした中、当日は科学オリンピックに興味を持つ子どもたちやその保護者を中心におよそ400名が集まった。シンポジウムでは、講演やパネルディスカッション、ワークショップ、サイエンスショーを通じて、科学する心の楽しさ、意義などを伝えた。
プログラミングで最も大事なのは、コーディング以前のアルゴリズム
冒頭、9月8日に閉幕した第30回国際情報オリンピック日本大会で組織委員会委員長を務めた古川一夫氏が講演。日本代表選手が金メダル1個、銀メダル1個、銅メダル2個と全員メダルを獲得した結果を報告した。続いてPreferred Networks 執行役員の秋葉拓哉氏が登壇。「情報オリンピックに出場して」と題して講演した。06年にメキシコ・メリダで開催された第18回国際情報オリンピックに日本代表として出場した経験をもとに子どもたちに語りかけた。
プログラミングの世界大会に10回以上出場した経験をもつ秋葉氏。競技プログラムを志す若者のバイブルとして、表紙のイラストから「アリ本」呼ばれて親しまれている『プログラミングコンテストチャレンジブック』の著者の一人でもある。講演では「大会に出て、プログラミングよりも数学的なアルゴリズムのほうがはるかに重要だということに気づかされた。多くのライバルに出会って切磋琢磨することもできた。情報オリンピックは決して天才向けのコンテストではなく、とても簡単なところから誰でも参加できる。たとえメダリストになれなくても挑戦する価値は大きい」と話した。
日本の科学は大丈夫なのか......
パネルディスカッションでは、冒頭に講演した2名に加え、第39回国際化学オリンピック銅メダリストで東京大学助教の廣井卓思氏、第18回国際生物学オリンピックで銅メダルを獲得し、現在富士通でデジタルマーケティングを担当する本多健太郎氏、さらにモデレーターとしてジャーナリストの池上彰氏が登場。「池上彰さんと考える日本の科学と君の未来」と題して議論を交わした。まず池上氏は「好きなことを学ぶ、という事はとても大事」と話しながら、「今日本の科学は大丈夫なのかという危機感がある。ノーベル賞受賞者ランキングで日本は世界7位にとどまり、博士号取得者は減ってきている。論文の被引用回数が各分野で上位10%に入る論文『トップ10%論文』のシェアも中国に抜かれている状況」として、パネラーに科学の重要性や役割について意見を求めた。
古川氏は「現在、米国発のGAFA(Google Apple Facebook Amazon)に付加価値が集中している。日本からもこうした企業が生まれてほしい。そのためには、大企業の集団的な力ではなく、天才的な若い人の力が必要。社会として、そうした人たちを育てていく環境も重要だ。優れた人材をもっとリスペクトする文化の醸成も不可欠。産業界は四半期単位で業績を問われる。もっと中長期的な視点で、産業の革新性に取り組んでほしい。私は45年にちょうど100歳を迎える。AIが人間を超えるシンギュラリティのポイントと言われている年だ。しかし実際、そういうことはまず起こらないと思う。人間に備わっている思考力や疑問を思う力を、AIが担うことはできないからだ。シンギュラリティが来るのか来ないのか、そこまで生きて確かめたい」と話した。
AIができないことは、人間ならではのクリエイティビティ
秋葉氏は「実際にAIを研究開発しているが、すでに深層学習の研究開発の一部が自動化されつつある。例えば、ニューラルアーキテクチャーサーチと呼ばれている技術もその一つ。人間よりもいいものが作れるようになってきた。つまり深層学習の研究者は、自分たちが作った技術でAIに一部の仕事を奪われているわけだ。しかし、クリエイティビティはAIではまかなえない。目的がしっかりしているものには適応しやすいが、ふわっとしているものは苦手。将棋が人間を越えたのはずいぶん昔。しかし囲碁はつい最近だ。理詰めだけでなく『形の良し悪し』を認識するのは、AIにとって難しい。ひらめきや、おもしろさも同じ。人間はそこで能力を発揮していけばいい。科学の世界はとても奥深い。どれだけ時間を使ってもやりすぎるということはない。何よりも大事なのは熱意。まずは熱中できることを見つけて、それを続けほしい」と話した。
本多氏は「科学は身近で素朴な『なぜだろう』という疑問から始まる。機械では得られない発想だ。ここから自分でやってみたいと思ってスタートする研究にはエネルギーが沸く。そういうエネルギーをもつ人が創り出したものはすごい。今感じていることを大切にして取り組み続けること、そして、周りの人たちがそれを支えていくことが大事。科学こそ、より良い社会を創り出す根本的なエネルギーだと思う。また、自然の現象や不思議だと思ったことに対して、常に謙虚な気持ちでいてほしい。勉強を進めると分かった気になってしまうが、その先にもっと深いものが無限に続いているからだ。保護者の方々は、子どもが不思議だなと思って興味を持っていることに対して、学校の成績や就職、進学に直接関係なくても、背中を押してほしい。日本の社会や科学技術が元気を取り戻すにはそういう力が必要だ」と話した。
廣井氏は「安室奈美恵の引退はとても悲しいが、彼女の歌が何か役に立つのか、と聞く人はいない。昨年、時間と空間のゆがみ「重力波」の観測がノーベル賞を受賞した。しかし『重力波は役に立つのか』というのは愚問だ。重力波が検出されたことそれ自体にワクワクする。これが科学の原点だ。損得勘定を抜きに、とにかく楽しいという事だけで研究を進めていくのが科学の姿。何かを付け足すことは、機械でもできるだろう。しかし『全く新しいところに一つ石を置く』『新しいアイディアのタネをつくる』ようなことは人間にしかできない。タネを育てるのはAIにやらせればいい。また、やるかどうか迷ったらやることが大事。とにかくやってみる。失敗してもいい。挑戦してみて初めて自分が何に向いているかが分かる」と話した。
池上氏は「AIは改良することはできるが、全く新しいことを始める事はできない。今上天皇の教育責任者だった経済学者、小泉信三は『すぐ役に立つことはすぐに役に立たなくなる』と言った。今役に立つことだけやっていたら発展はない。疑問や驚きを大事にして科学する心を培ってほしい」と結んだ。
問題を解いて、アルゴリズムを体験
シンポジウムの後半は、サイエンスショーやワークショップで具体的に科学の楽しさをアピール。特に中高生を対象に開いたワークショップでは、情報、生物学、化学の各コースに分かれ、実際に問題を解きながらそれぞれの世界の片鱗に触れることができた。「プログラミングって面白い」と題して開かれた情報コースのワークショップでは、プログラムの前に重要なアルゴリズムについて学んだ。
取り組んだのはシャッフルしたトランプを順番に並び替える時、どんな方法が最も楽かという課題や、複雑な路線図をもとに移動する際に、目的地まで最短時間で着くルートをどうやって探すのか、といった課題。コンピューターを一切使わず、紙と鉛筆だけでアルゴリズムとは何かを体験した。(BCN・道越一郎)